ワシントンDCのローカル新聞「さくら」(2016年1月1日号)紙内にある「シゲコ・ボークのさくらインタビューシリーズ」に久能祐子氏が取り上げられました。当ページにも内容掲載いたいします(掲載許可済み)。

※PDFファイルはこちらからダウンロード・閲覧可能

シゲコ・ボークのさくらインタビューシリーズ 53

物心両面で次世代を育てていきたい
―― S&R財団理事長 久能祐子博士

S&R財団の久能祐子博士に財団のソーシャルインキュベーター活動、そして今後の抱負についてお話を伺いました。

ソーシャルインパクトを作り出し世界を良くするために

―― 昨年は今までやって来たことが色々な形で認められた年でしたね。

そうですね。特に2012年から始めたS&R財団のワシントンDCでの活動が色々な形で大きくなってきて地域での認知度も上がり色々賞もいただいて、そういう意味ではすごく大きな年でした。

―― どのような賞をいただかれたのでしょうか?

ワシントンビジネスジャーナルのフィランソロフィスト・オブ・ザ・イヤー賞、ワシントンDC政府からはビジョナリー・リーダーシップ賞をいただき、Halcyon Incubator には連邦政府から全米で50ヶ所に与えられるスモールビジネスのグラントをいただきました。

―― それからフォーブスも!

フォーブスの自力成功女性50人のなかの41番目に選んでいただきました。

―― 日本人女性ではたった一人の快挙です!今日はそんな久能先生のミッションやビックビジョンについてお話し頂きたいです。

もともとS&R財団のミッションは個人のちからを最大限に出すということで、才能ある個人を支援しエンパワーするということ、その結果その人達が大きなソーシャルインパクトを作り出して世界を良い方向に変える、というのがコンセプトなのです。世界を変えるというとひどく大きな話のように思えるのですが、実は小さなことの積み重ねで各個人が非常にイノベーティブな考え方やテクノロジーとかパッションなどそういう物を持って一つずつ前に進めるように何かしましょう、ということです。それを私たちが応援する側としてそういうエコシステム、全体としてシステムを作ろうと言うことで財団を始めました。

―― 久能先生というと一番に思い浮かぶのが80億円の借金! 普通そういう大き過ぎる金額は考えません。どうやったらビッグビジョンを持てるようになるのでしょうか。やはり導いてくれたメンターの存在があったのでしょうか。

誰かひとりのメンターということではなくて、非常に恵まれていたことは小さい時に両親が自由な子供を育てる主義だったこと、大学に行ったり留学した時に、それぞれの場所で何でもやってみていいですよという自由な雰囲気があったこと、それから私が小さな成功をした時に必ず褒めてくれる人がいたというのが大きいと思います。 鳥の目と言いますが、上から見るというか今の自分の人生をちょっと離れて自分がどこに向かっているのか、どっちに向かった方がいいかと考えることも必要かと思います。また自分がどういう分野で、どういう形で貢献できるか、自分がどういう風にしたら一番幸せに思えるかという大きなビジョンがあると迷った時に雲が晴れた時に見える山の姿のような感じで、初心に帰りやすいと思います。そしてそんな風に考えられるようになったのは私をそういう風に導いてくれたたくさんの人がいたということだと思います。

次世代のためにできること

―― 大成功されて今度は久能先生がメンターとなる番ですが、メンタリングや次世代に向けての講演といった活動も最近始められましたよね。

メンタリングは非常にパワフルなツールで次世代への投資の一部だと思いますので最近少しずつですが始めました。父が良く言う「物心両面」という言葉がありますが、次世代を育てるということはまさに「物心両面」で、経済的サポートも大切ですがやはり心の部分が大切です。一対一で聞いたり話したりするメンタリングはそういう意味では次世代に対して残せることだと思うのです。

―― 昨年夏は心に残った講演があったとか。

スーパーサイエンス校である東京都立小石川中等教育学校に講演に行ったのですが、その時に自己効力感について話しました。英語で「Self Efficacy」と言いますが、これは自尊心「Self esteem」や自信「Self Confidence」とは違います。自信はやったことに対してついていくのですが「Self Efficacy」とはやっていないのに自分を信じることができる力なのです。私が一番自分のことで不思議に思っていたのはこの自己効力感でした。例えば私が薬を作るプロジェクトを始めた時、まだ全然やっていないのに、成果も上げていないわけなのですが、自分としては達成する姿が見える。「どうして私はこんなに根拠のない自信を持ってやってきたのか」と不思議に思って、それでいろんな経営書とか心理学の本とか調べたら起業家の人たちがいろいろなところで話していることを学者がまとめた言葉が「Self Efficacy」という言葉だったのです。

―― それって思い込みでしょうか?

そう、根拠のない自信です。多分スポーツをやっている人にはとても身近な感覚だと思うのですが、今日は飛べそうだ、今日は記録が出そうだと思うといった、そうした感覚の時があると思います。そういう根拠のない感覚のところを大切にする、それが「Self Efficacy」なのです。それがあると大変なことでも粘り強く最後のゴールまで頑張ることができます。

―― 何しろ思い込んでますからね、「自分はできるぞ」って。

この話を高校生や中学生にしたら結構反応が良くて、お母さんたちもそうだと思い始めたし、元気づけられたと言ってくださったのです。これが今年一番印象的な事件でした。私自身もいろいろな前の世代の人に教えてもらったり助けてもらったりしてここまでやってきたので、次の世代の人にもちろんアメリカも含めて世界中の人たちにもそういう機会があればここにきて、また私がそこに行ってそういう話ができたらいいなと思います。

―― 歴史ある古い建造物を repurpose して次世代に残すこともS&R財団のミッションですしまさに「物心両面」です。あらゆることを成し遂げて来ましたけど、夢ってまだありますか?

私としてはまだ実験中のところがあるのでインキュベーションのシステムが機能するかどうかを自分の目でみたいです。そしてもしこの方法が機能するのであればいろんな形で他の都市にも広げて行きソーシャルインキュベーターのフランチャイズ化をするようなことができればいいなと思います。それを使っていろんなところでクリエーティブな人を輩出していく。それが結果としてソーシャルインパクトになるのです。

―― 普通なら Evermay, Halcyon, Fillmore School で終わりかと思うのですが、じつはここが始まりだったのですね。さすがのビッグビジョンです。今年も応援しています。ありがとうございました。

久能祐子(くのう・さちこ)

1954年、山口県下松市生まれ。京都大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。ドイツ留学後、新技術開発事業団(現・科学技術振興機構)で生命科学分野の研究に携わる。1989年に医学品の研究開発、製造販売をする(株)アールテック・ウエノ(東京)をパートナーの上野隆司博士とともに設立し、新薬を開発・販売。1996年には上野博士と米国でスキャンポ・ファーマシューティカルズ社(メリーランド州ベセスダ)を起業、CEO(最高経営責任者)として新薬開発、商品化に取り組み、2007年にはナスダック上場を果たした。雑誌フォーブスが2015年5月に発表した「アメリカで自力で成功を収めた女性50人」では唯一の日本人としてリスト入りした(推定純資産3億3000万ドル)。ビジネスのかたわら、2000年に若い芸術家、科学者へ支援を行うS&R財団をワシントンDCで設立し、現在は理事長として様々な活動に取り組んでいる。2011年にはS&R財団で活用するためジョージタウンにある豪邸エバーメイを2200万ドル、ハルシオンハウスを1100万ドルで購入した。

インタビュアー紹介:シゲコ・ボーク

ハッピーなアメリカ生活の成功を約束する情報サイト askshigeko.com 代表。1998年英国ロンドンの Sotheby’s Institute of Art に現代美術史の修士号取得。2004年ワシントンDCにてアジア現代美術専門のアートギャラリー Shigeko Bork Mu Project をオープン。2006年には社会貢献を持ってオバマ大統領(当時上院議員)と一緒に「25 Beautiful Washingtonian」に選ばれる。2009年よりアートコンサルティング業開始。